第10回ミッキーの徒然コラム「FORWARD TO THE PAST」

ミッキー  2011.8.11

甲子園が始まると、夏を感じます。
と、同時に、野球部のマネージャーになりたかった私としては、時折映るスコア表を抱えた女子にジェラシーを感じます。
倒れた選手にやかんで水をかけたり、レモンのはちみつ漬けを作ったり、試合前にはみんなのぼうしの裏にこっそりお守りを縫い付けたりしたかったものです。
ほとばしる汗、頬をつたう涙、思春期ならではの細い眉毛・・・全てが彼らの青春なのです。
そんな若者達を見ていると、ふと自分の青春時代を思い出します。
私の青春・・・それは・・・「CASCADE」。

私と同年代の方はご存知かもしれませんが、CASCADEとは90年代後半に活動していたバンドです。
中学生の時に、CASCADEと私は出会いました。いつも聴いていたラジオから流れてきた曲に、一瞬にして私は心を奪われたのです。
特に、ボーカルのTAMAちゃんに夢中でした。女性かと思わせるようなハイトーンボイスを出したかと思うと、子宮がうずくような男らしい声になったりと、特徴的な声の持ち主でした。
そしてある日、彼の出ている雑誌を初めて見た私は、こう心に決めました。

「必ず東京に行って、TAMAちゃんと結婚する」と。

CD を買う事はもちろん、持ち物全てにTAMAと書きました。書きまくりました。当時、TAMAちゃんの飼っていた犬の名前まで書きました。少しでも彼に近づ きたかった私は、彼の真似もしました。奇抜なファッションが多かった為、私のスニーカーデビューはゼブラ柄、ジーパンデビューは紫色、サングラスデビュー はティアドロップ型という結果に。
そんな娘を呆れた顔で見ていた母も、いつの間にか、CASCADEがテレビに出ていると声をかけてくれるようになり、最終的にはバースデーケーキのネームプレートに「TAMA」と書いてくれました。そうなるともう私の誕生日ではなくなりましたが、満足でした。

高校生になっても、熱はさめず・・・相変わらず持ち物にはTAMAと書き続けました。
すると、一人の女子に声をかけられたのです。「TAMAちゃん好きなの?私も」と。
本来なら、同じ趣味の友達が出来て喜ぶべきなのですが、私は違いました。
「取られたくない、TAMAちゃんと結婚するのは私」・・・私は彼を愛するあまり、独占欲の塊になっていたのです。
西にCASCADE好きがいると聞けば、つぶしに行き、東にTAMAちゃん好きがいると聞けば、抹消しに行きました。
といっても、実際は自分のほうがいかにCASCADEを愛しているか熱弁するだけでしたが。TAMAと書いた上履きを強調しながら。

そんな歪んだ愛情が、ある事件を引き起こしました。
寮生活を送っていた私は、週に二度スーパーに買出しに行けるのですが、その途中に一軒の本屋がありました。
店の入り口に音楽雑誌とファッション雑誌が置いてあって、中からは見えない仕組みになっていたのです。(多分)
その頃、人気の出ていたCASCADEは雑誌の表紙になる事もしばしばあり・・・それを見つけた私は我慢できず、周りに誰もいない事を確認し、その雑誌を手に取り・・・

ひっくり返しました。

裏表紙になった事で、誰もこの雑誌にCASCADEが載っているなんて気付かないだろうと。
気付かなければ新しいファンが増えることもない、TAMAちゃんと結婚するのは私、それしか考えていませんでした。
その日から、出来るだけひっくり返し続けました。本当なら毎日でもひっくり返したくて仕方ありませんでした。

そんなある日、いつものようにひっくり返した後、スーパーで買い物をしていた私の肩を叩く人が・・・。
生徒指導の先生でした。
そう、本屋から通報があったのです。営業妨害だと。見えていないと思っていた店の入り口は、ちゃんと見えていたのです。
私は生徒指導室に連れて行かれ、反省文を書かされました。同じ部屋に、万引きや援助交際で捕まったギャル達がたくさんいました。
その中で「雑誌をひっくり返した」私は、17歳にして自分の小ささを感じていました。

高校を卒業し、上京した私はめまぐるしい毎日の中でいつの間にかCASCADEの事を忘れていってしまいました。
彼らが解散した事を、偶然立ち読みした雑誌で知った時はなんとも言えない気分でした。
あれだけ好きだったのに、私はいつから持ち物に自分の名前しか書かなくなり、雑誌をひっくり返さなくなったのだろう。
生徒指導室にいた私が、今の自分を見たら少し寂しく思うかもしれません。

2009年、CASCADEは再結成しました。
私はまだ、ちゃんと彼らの新しい曲を聴いていません。
特に意味はないけれど・・・。
クローゼットの奥に、今でも大切にしまってある私の青春達が、聴かなくてもいいよと言っている気がするのです。